人生の儚さ
テーマ:TV,ラジオ
ドラマ<アルプス秘湯推理旅行>
オレは昨夜、1990年土曜ワイド劇場で放出いや放送された
このドラマをU,TUBEで見るまでは田中好子という女優が
こんなに美しい女だとは、気づかなかったんだ、、オレの
ような1970年代に少年時代を過ごしたガキ、いや男には、
ど~しても 彼女とは あのピチピチの太腿を 思いっきり
跳ね上げて、ステージ上で3人娘の中でも、もっとも太目
いや健康的な笑顔を、オレ等ガキに振りまいてくれていた
キャンデイーズ時代のスーちゃんこそが、オレの大好きな
彼女であって、、後年、今村正平監督の打ち込み、いや
薫陶を受けた彼女が演技に開眼、オレが言うとまるで大仏
開眼みたいだな、、<黒い雨>なんかの名作に出演して、
評価も、うなぎ上がり、、というんが上のドラマが作られた
1990年頃の事らしい、、、というんは、その頃のオレは、
ジュライホテルを卒業し、3年間もお世話になったタイの
退廃文化というんが、世界からクソが集まって外貨を、
ヤリ、いや落としまくった結果、、目出たく ASEANで一番
最初にビンボー国から脱出→アジア通貨危機から回復した
時代で、それまでの、外人にドルをたかるミジメな途上国を
卒業しはじめた時代だった、、、というわけで、オレはまだ
オンナが十分に路地裏に立っていた、最後の時代のタイと
いうんを、毎晩打ち込みながら時代の流れ、メコンの流れを
眺めていたんだ、、、こ~いうんを<メナムの残照>という
というわけで、当時のオレはキャンデイーズ時代のスーちゃん
しか知らなかった訳なんだが、こうやって90年当時のドラマを
見っと、、彼女もオレと同じく、バブルが崩壊してゆく日本の
中で、必死でアイドルから女優の道を目指して努力と精進を
重ねていたんだな、バンコクでオレがやったことも同じだよな
で、上の絵なんだが右側のスーちゃん、いや田中好子の隣で
ウエデイングドレス姿の女を演じていたのが、ほぼスーちゃん
と同世代の池田裕子なんだが、この時の彼女もスーちゃんに
負けず、ものすごく美しかった、しかしタロット占い師のスーに
自分が犯人であることを突き止められて、哀れ、人生の一番
幸福の絶頂→結婚披露宴に向かおうとするその瞬間に彼女の
完璧なトリック、、完全犯罪は空しく見破られてしまう、、という
ドラマ最終章のシーンが上の絵だ、でオレが今日のテーマで
なぜ<人生は儚い>に、したのかと言うと、このシーンの二人
スーちゃん、いや田中好子と池田裕子という二人の女優が
このドラマの15年後に、同じガンで、タイレーオに召された
からなのね
今は、特に日本人は、異常なまでの長寿社会というものの中に
生きている、なにしろオンナいや女性は、平均90才以上だかんな
ということを前戯、いや前提で考えれば、この二人の女優が50を
待たずして、ガン、、といってもアメリカの発砲じゃなくCANSERと
いう病気で亡くなったのは、いかにも早い、いや早すぎる、、
どうしてスーちゃんのような、、、,今後も生き残っていればきっと
もっといい作品にガンガン出演して、やがて令和の田中絹代や
杉村春子、と言われるくらいの演技派女優になったのかも知れ
ないのに残念だ、、、ところで、スーちゃんのように、もっと長く
生きていて欲しかった、と皆が思う人間が早く死んで、習近平や
オレ<日本代表>のよ~に、、皆が、もっと早く、生き残って
欲しくない、と思う人間の方は、、こうしてしぶとく生き残るので
あろうか、、オレなんか、もうスワイパーが崩壊後は人生に
ヤル気、いや目標を失ってしまったような喪失感があって、、
フィリピンもだんだん悪くなる一方だしな、、つまり今のオレは
ただダラダラと、投資を続けて打ち込み先、いや使い道のない
金を惰性で稼いでいるだけ、、こ~いうのを<抜け殻→生きる
屍>と言うのよ
# < 髪は死んだ >→志村けん
< 神は死んだ >→ニーチェ
ナナ