1991年7月に夏休みとなった娘を実家に預け
ワイと嫁でフィリピン・セブ島へ向かいました・・・
前年の1990年ですが
或る地方新聞に載っていた記事によりますと
ネットで拾った画像
現在の”パンデミック”の予想が記されていました・・・
下記のいずれかのクリックにて
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おはようございますHamreyです
セブ・マクタン空港に到着して空港建屋を出ると
多くの客引きや出迎えの者が溢れているが
遠くの方に嫁姉Etを見付けた・・・
一般の出迎え者は到着者が確認出来ないと
出口近くまで入って来れなくなっているので
Etはガードマンに許可をもらい入って来た・・・
(当時の事なのでオカニで如何にでもなったが…)
嫁姉達は金網越しで出口の方を観ていて
ネットで拾った画像
ワイ等を発見したところでガードマンに云って
一人ダケ出口周辺に入って来られる・・・
その時には明るい所になるので
色黒のEtでもワイ等の方から視れたのだが
見付けたのは嫁であった・・・
それまではワイに隠れる様にしていた嫁だが
急にワイを押しのけて前に出て行ったが
その時は完全に周りには”無警戒”だっただろう…
そして運んでいる荷物(3個)を一つ運ぶと云うが
お土産の入っているダンボール箱は
キャスターが無いのでそのままの方が運び易い・・
(キャスター付きのバッグに載せていた…)
(カートの使用はここまででその後は自分で運ぶ…)
だがしかし
ネットで拾ったイラスト
一度考えた事は何とでもやり遂げたいEtは
下のキャスター付きバッグを押していくが
ワイが段ボール箱を運ぶ事になる・・・
それでは何にもならないので
嫁のバッグを運ばせて
ワイと嫁で2つの荷物を押していく・・・
普段ノロノロと歩くEtだが
この時は妙に早足となるので
ついて行くのが精一杯となる・・・
タクシー乗り場あたりになると他の嫁親族がやって来て
ワイ等の荷物も運んでくれるので
漸く”楽”になって来た・・・
迎えの車はジプニーなのだが
駐車場は遠いのと周囲は暗いのと凸凹・・・
Etが運んでいた荷物も他の親族が運ぶので
Etと嫁はお喋りにとなっているので
今度はワイが嫁のかかとを踏んでしまった・・・
(お喋りしだしたので歩くのは遅くなっていた…)
そうなった時の真正P~ナの嫁は
徹底的に怒りをあらわにワイに迫って来る・・・
「ご免!」と普通に日本的に謝罪するワイだが
その一言に由り嫁姉のワイに対する”優位性”が
変わってきた様に思える
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「ご免!」に付いては嫁がEtに通訳したが・・・